仮庵

書きとめる仮住まい

たくさんの成長

年間の大行事を一通り終えてほっとしている。
わたしもなんだかんだで今年は忙しかった。
「もう、いつ風邪引いてもいいぞ!」という気分。

今年は卒園である。三年間見てきた子供たちが小学校に行く準備をはじめている。いまだに離れ離れになる実感のないまま、ときおりぽつらぽつらとなくなる上靴を見る。

「きょうは、◯◯が小学校にいった」

うちの子どもも行ったのだけれど、まだまったくピンとこない。なぜこういうのは「さようなら」をいうギリギリまでわからないのだろう。

彼らのすごいところ。
それは自ら「こうしたほうがもっとよくなるとおもう」「これじゃあ勝てないから作戦を考えよう」「これ、やりたい人おおすぎない?ちょっと考えよう」などと彼らなりに考えたことを車座になって相談しあい、ときにはオヤツを食べることすら忘れ! よりよくなろうとすること。おばさんはもう、ここに尽きる。
先生が子どもたちが上記のことをしていた、と行っていたのを聞くとグッとくるし、闘志みたいなのも湧く。

はじめてみたとき「赤ちゃんなのか?」と思ったあのちびっ子たちが、大人だってできないようなことをしている。
この経験は、きっといろいろなかたちになって役に立つんだろうなあ、と先に大人になった人間はぼんやり未来を見る。

卒園に伴って使う写真を見ていたら、たった数ヶ月でこんなに大きくなるのかよ!という成長具合。
一番小さい頃は、姿が見えでもすると寄ってたかって「ねえねえ!話を聞いて!!」と6、7人の話を同時に聞かされたものだが、いまではたまに現れても本当に必要な時にしか寄ってこない。独立したもんである。気持ちも成長してるなあ、と思う。

こんなに目覚ましく成長できることが羨ましくなるときがある。本人たちはそんな実感もないであろうが。

じゃあ、自分も成長すればいいんじゃね? という結論に至った。かんたんじゃないことをかんたんな風に言う。

彼らを見守ることができるのも、あと数ヶ月しかない。