仮庵

書きとめる仮住まい

思うことを思うこと

前略

最近、タロットカードで遊んでいます。
占うとは言えなくて、イメージ・お話作り遊びみたいなことをしています。

なんでだったかな。はじめた理由はたいしたことはなくて、その頃ちょうど気持ちが停滞していたからだったはず。

タロットの面白さはいろいろあるのだけど昨日、今日で面白いなーと思ったことを書きたいんですよ。

というのはね、「思ったことを思ってもいいんだ!」「感じたことに受け入れていいんだ!」と気づいたことです。

世代なんでしょうか、性格なんでしょうか、環境なんでしょうか。わからないけど、わたしのなかには「正解ではないことを言ったり思ったりしたらダメだ」みたいな思い込みが気づいた頃にはあって、正解以外をいうと否定されるんじゃないか? みたいな。答えに自信がないから教室で手を上げられない、みたいなそういう感じです。

気がついたら頑丈な囲いが整形されてしまっていて、あふれんばかりの感動を伝えたい! とすら思わない。思うことすらキケンとさえ感じる。感情が流れないのです。何か思っても、うっ!とせき止められてつかえて出てこない。

わかりやすくいうと、好きな音楽とかこのミュージシャンが好き。みたいなことを言うのがためらわれるのに似ています。否定されるんじゃないか? バカにされるんじゃないか? というような恐怖です。

一応おとなになってきたので「唯一の正解なんて考えなくてオッケー。テストじゃないんだし」というのは頭ではわかっているし、子どもにもいっているのにもかかわらず、自分が正解とかを気にせずあけっぴろげに何か言えるのかといったらためらいがある。

自分のことはだいぶ言えるようになってきたけど、相対したものに抱いた思いを出すって今でも恐怖です。

例えばあなたは、目の前に一枚絵があったとして「好き」「好きじゃない」からさらに踏み込んだ思いって表現できますか? できる……え?できないってどういうこと? と思われたなら、わたしからするとすごく羨ましい!

ああ、いいなー。と思っても、正解じゃなかったらこわいからそれ以上踏み込めない。ということが多くて。ほんとうに胸が膨らむようなことがあっても、鼻筋からおでこにかけて、わーっ!と熱いものが走るのだけど、発散させることができないから、それがしぼむのを待つようなことばかり。

そうすると、目の前にあるものはただの物質です。「いいなー」とか「好きな雰囲気だな」とは思っても、そこでおしまい。そうすると興味にもならない。何も思わないことがふつうなのだけど、なんだかひっかかる。このことは長いことつくづく「なんかもやもやする」と思ってきたことです。

タロットをはじめてしばらくは絵から何かを読み取るってのができませんでした。ここにはなにか確実な正解があるはずだ、っていう思考なので、本を開いた方が早い。

でも、そうじゃない気がすると思いはじめ、しばらく眺めているうちに絵の細かい部分も目に入ってくるようになって「これはなんだ?」「この人はこんなことを考えていそうだな」とか「こういう状況に至った経緯はなんだろう?」とか考えはじめるようになりました。カードを読み取るためのアプローチはいろいろあるんだけど、まずは目の前にあるものから見ていこうと。

練習のために自分に関するたあいもないことや「お話しよー」と気楽にタロットを引くと「思考はいいから、感情を流せ。はじめろはじめろ」といつも言われる。

なんだろうなー。よくわからないなーと思っていて。そんなときにオットが面白がって自分のことも見てほしいと言うのでやってみたら、あるカードに対してつらつらーっとイメージが伝えられて、カード同士の繋がりの可能性もよく見えてきて、それがほんとうに気持ちよかった。

ああ、もしかして思考じゃなくて感情=水を流すってこういうことなんじゃないか。とスッキリしたのです。

そういう自分の中の根本すぎて気づきもしないことがカードをめくってみると出てきたりする。気づいてはいないけど元からあってどこかに隠れているだけだから、存在はする。存在が確認されると考えるようになる。考えるようになるってことはそれらに意識的になるってことです。

自分の嫌いなところや、どうしようもないところってたくさんあって、できることなら違うものになりたい。と思う時もあるのですが、まあ自分は自分であるからガラッと違うものにはなれない。でも嫌いな部分を見つめ直してそれを受け入れた上でどうにかしようと考えることはできる。ときおり触りたくないその深入りの部分に手を突っ込むことは、きっと死ぬまで続く。

そんな「あー気持ちいいなー」という体験があってから、Twitterでたまたま絵画を見かけたら、ただの物質ではなくて、その絵の世界にスッと入れることに気がついた。すなおにつらつらーっと考えが浮かんでくる。なんのためらいも恥ずかしさもない。あ、なんかちょっと目線が変わった気がする! と嬉しくなった。

自分の水みたいものをスッと流すと、そこに入れてもらえるんだな、これは面白いぞ、と思った次第です。

草々