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仮庵

書きとめる仮住まい

いやなこと

雑記

連日「たたかれた」と子どもがこぼすようになった。
連日なので、毎日叩かれているのか? と思ったのだけど、こっそり母の中で整理するとどうやら1、2回のように思える。

ショックだったのかしゃくぜんとしないのか、連日こぼすうえに顔色も悪く、疲れた感じになっていき、寝つきも悪く夜中も起きてくるなどストレスを感じているようなので、真剣に聞くことにつとめてみる。

しかし、聞くだけではスッキリしないようで毎日「たたかれて、いやだった」と言う。なので、デストロイヤー母の解決策を述べるも意見は合わない。

もともと、意見が合わないことは知っているので他人の考え方というものを投げるだけで、そこですべて解決するとは思ってはいない。
とりあえずそういう考えもあるんだよ、というだけ。

最後は抱きしめて、二人でうふうふして話は終える。

✳︎

はたして、子どもの中でなにがひっかかっているのだろうか?

生き写し原本のオットに聞くも、原本はそういった他人との衝突をなんとかすることは早々にあきらめたらしいのでどういうプロセスであきらめたのかという情報を収集するにとどまる。

オットとの会話中に長考していると、ふと
「たたかれた」ことをどうこうしたいわけではないのでは? と気がつく。
その仮定のもと「気持ちが整理できていないだけ」なのではないかと考えた。

頭の中だけで整理できないのなら、可視化だよな。とは思ったのだけど、幼児にノートに箇条書きで羅列しろというのも無理がある。

あと、いやなことだけを可視化するのもなんだかな。と思ったので、中心に子どもの名前を書き「たのしいこと」「すきなこと」「いやなこと」「さいきんできるようになったこと」「がんばってみたいこと」という項目を作ってマインドマップもどきを試してみることにした。

聞く順番は、上記のとおり。真ん中でいやなことを聞いてみた。
最初にたのしいことでテンションをあげて、最後も自信のもてる元気な感じで終わらせる。これならどうだろう?

それを試す前に、まずはこの表がなにをして遊べるかを見せることにした。

子どものすきな動物を真ん中において、その動物が「どんな」で「なにをした」という遊びからはじめた。(途中で「どこで」などもふえた)

挙手制にしておき、模範的回答をオットにまかせ、わたしはありえないおかしな動物にして遊ぶ。子ども負けじと面白いことを言おうとする。

ハチワレのーネコがーねむっている。
コンビニでーネコがーアイスを買った。
山でーネコがー宇宙と交信している。
とか、そういうことば遊び。

めちゃくちゃおもしろかったらしく、A3の紙がぎっしり文字で埋まり、自分でも書いてみたい! と言ったり、なかなか白熱した遊びとなった。

これを1日やって、翌日にいよいよ子どものもやもやを可視化してみる。

「昨日やった遊びあるじゃない? きょうは、◯◯でやってみようと思います」
「やるやるー!」
と、やはり前置きしておいて正解だった。

質問のしかたが難しいな、と思ったのだがとりあえず「◯◯のなかで、たのしいことはなんですか!」「はい!」
と、前日と同じ挙手制にしてみた。

いやなことは「たたかれたこと」と「ねむいこと」。たたかれたことは、日付まで覚えていた。
それをどう解決するか・折り合いをつけるかは別にして、たたかれたという事実だけを二人で共有するにいまはとどめてみようと思う。
じゃあ、それをどうする? までは聞かない。

わたしはこういうことをすぐに解決したくなるものだけど、子どもはわたしじゃないので時間がかかるかもしれないし、解決したくないかもしれない。そこらへんは、解決策を相談されたら一緒に考えようと思う。

いやなことよりも、たのしいこと・すきなことの方がたくさんあり
「◯◯は、たのしいことと、すきなことがたくさんあっていいね!」
「うん!あとね、あれもたのしいんだよー」と、そっちの方がたくさん出てきた。



これをしてどういったことになるかはまったくわからなかったのだが、その日以来「たたかれる」とこぼすことはなくなった。
文字にしたことによって忘却したのか、可視化されてスッキリしたのか。

ひっかかっていたものは、たのしいこと・すきなことの多さに比べれば小さなものだったのだろうけど、それは硬くていつまでもゴロゴロとしていたのかもしれない。そりゃあ、安眠もできない。

とりあえず、寝つきが悪いことも夜中に起きてくることもなくなり、毎日寝相悪くスヤスヤ寝ていてちょっと安心はしている。

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