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仮庵

書きとめる仮住まい

オットと数学とわたし

オットと結婚しなかったら数学とは二度とお目にかかることはなかったとおもう。たぶん。

いっしょにテレビをみているとき、数学の問題をすいすい答えていくオットを「すげー!」と思い、尊敬する。なんでわかるのか! 教えてくれるけれどなにを言っているのかわからない。

けれども未知が好きだ。いや、一般的には未知じゃないのだけどわたしにとっては未知だ。わかったら面白そうだと、わからないことに出会うといつも思う。

小学生のころは、分数はできた。教えてくれた先生が好きだったからだ。足し算と引き算はいまだにとくいではない。車の時計が9分進んでいるのでまいにち9を使った引き算だけ訓練している。ちょっととくいになった。
中学生のころは、おぼえていない。
高校生のころは、とつじょ三角関数だけ得意だった。たぶんいまはもうわからない。
要は、それ以外はなんにもおぼえていない。

わたしもオットのような「すげー」になりたいので、中学数学の素因数分解だとかの時点で「意味がわからん」とやっぱりおもいながら、ちまちま調べる。納得できる瞬間がくるとたのしいのです。

子どもと図書館に行くとおのずと児童コーナーにゆくので、子ども用のさんすうの本などを読めばいいんじゃないか! と先日気がついて読んでいます。たのしい。



さいきん、同じものをみていてもオットとわたしとではとらえかたの角度のようなものが、まったくちがうのではないかと推測している。

ばくぜんとそうおもうだけで、まだはっきりとしたことはわからないのだけど。
たまに子どもとオットが図形で遊んでいるのをみて、そうおもう。
彼らはどうやら三次元を得意としているようなんだけど、わたしはそういう次元らしきものがない。あえていうならツリー構造にするとよく理解できる。

たまに「これってどういうこと?」と聞くととことんつきあってくれるので、そんなオットにはおかえしに、国語のテストの解き方を教えた。
やっと理解できた、と言っていたのでちゃんとおかえしになったようだ。もう国語のテストなんて受けないとは思うけど。

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