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仮庵

書きとめる仮住まい

記憶

エメラルドグリーンの世界。とにかくあつい。

これは、生後三ヶ月。
くわしく母に説明したら、たぶん父母両家で温泉に行った時のことだという。
泣きつづけていたらしい。あつかったし。
その時のじいちゃんがうつっている写真を見たら、エメラルドグリーンは浴衣の模様の色だった。

それがわかったら、エメラルドグリーンの世界ははっきりと思い出せなくなってしまった。

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ここからはじまる、さまざまな記憶。

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えんぴつで描いたみたいな風景がすごい早さでながれていく。目線が高いから、抱っこされているのだとおもう。
さっきよりあかるい部屋で、寝かされたと思ったら、メガネの白い服を着たおんながあらわれてこわい。目をつむる。
おしまい。

これは看護師さん。
ひきつけをおこして運ばれた救急病院の一歳。

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毎日きこえる、夕方のニュースのジングル。

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クルマに乗っているとき、空にある月は追いかけてきているのだと思っていた。
見えなくなると泣いた。

夜のゆく先はいつも本屋だった。

クルマからおりるといちもくさんに駐車場のくさりをひっかける輪っかを手ではじいてまわす。夜だから、すごいおおきな音がひびく。

そして、両親と手をつないでジャンプする。
「おまえ、歩き方なおせ」父が言う。
向こうにあかりがみえて、そこが本屋だ。

二歳〜四歳。店内の風景はなぜかない。

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じいちゃん、ばあちゃん、クイズダービー、日本昔ばなし。両親はいない。

大工さんにしびれた足のなおしかたを教えてもらう、古い家でのできごと。

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松山千春がしゃべっているのが遠くで聞こえる。乗り物に乗ったら自分の意思とは関係なくねむってしまうスイッチがついてるから、寝ているのだ。

帰りは「♪夕日の〜沈む〜頃は、いちばん〜かなしい」という歌詞の向こうに、やっぱり夕日が沈んでいる。これはたぶん日曜日。

タージマハル?(ニセモノ)のみえる駐車場にクルマを停めて、本屋に向かう。今はない札幌の駅前通りに面した本屋。

父の買うマンガがマニアックすぎて、ここまでこないと手に入れられなかったのだと思う。

わたしは黒魔術の本を見つけて、おそれると同時に重厚さにあこがれた。

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「おばんでしたー」
父が自分の実家に入るときにかける、ことばのフシギ。

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北海道じゃ体験することのない狭い道。車窓からすれすれの石壁が見える。石壁ばかり気になる。バスの運転手さんの技術におどろきつづけた鎌倉。

大会に向かう地下鉄のなか。地下鉄なのに、外を走ってるよ!

東京の、今までに見たことのない色をしている曇り空。空がとても近い気がする。

京都駅の階段。天井を見上げてばかりいた。

見知らぬ街の夕方を歩く。これしあわせ。

めちゃくちゃキレイな朝陽に喜んだのもつかのま、なまらねむい。寝ると怒られるかもしれないから目をかっぴらいているが、これからどこに行くのかわからない。たいへん不真面目な女子高生だった。(ただしとっても真面目にみられた)

社員旅行。酔っぱらって寝ている上司の横で、先輩と同僚としりとりをはじめ「り」責めにしたら勝った。頭のなかの辞書を高速検索するのに夢中で、ダッシュボードと「り」しかおぼえてない。
たぶん二十三歳。

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わたしは記憶も友だちも遠くにある。
でもたまに思い出して、たいせつに思うものだ。
それが名所や目的地とかではなく、ゆく道ばかりだとしても。

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