仮庵

書きとめる仮住まい

長持ちしてほしいものだ。

数年ぶりにオットとデートをした。

結果的にそれは結婚記念日の前借りみたいになり、終わった気分になっていたことで互いに当日をすっかり忘れた。

デートといっても、「どこ行く」「「本屋」」だったので普段と行く場所は変わらないが、それでも各々好き好きにまわり、ふたりきりで話をし、ちょっとしたごはんを食べる。やっぱり他愛のないことをしゃべる。


もう数週間前のできごとではあるが、ふたりでちょっとデートしたという思い出だけでしばらくしあわせにすごせていることに気がついた。
これはもしや、それはすごいことなんじゃないか。

何かすごいものを買ったとか、そういうこと以上にすみずみまでよい気持ちが満ちる。

行動自体は普段と何も変わりないのに、どうしてこうもさまざまな素材が「よき思い出」として残っているのか。ふしぎである。残そうなどとは思っていなかった。

普段ならすっかり忘れていて、なにかのトリガーにより思い出すのがわたしの「思い出」であるが、今回は珍しく六花亭のようなデザインの小箱に入って残っている。

記憶は徐々に薄れていくから消費期限がありそうな気もするが、いまのところいつでも確認可能なのだ。
もしかしたら、これは「特別」なのかもしれない。

小箱のふたを時おりあけて、ちょっと中身のいくつかを確認し「ふふふ」と思いながらまたしめる。誰にもわからないであろう細々とした切れっ端が自分だけの大事なものとしていろいろそこに入っている。
おだやかな、やさしい気持ちになる。

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