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仮庵

書きとめる仮住まい

継続

雑記

結婚がゴールインだとかなんだとか言われるが、その後にあるのは日々の継続である。

むかしから節目とゴールが等しいものであるような言いまわしを見ると「大丈夫なのかな」と思っていた。

テレビ番組がけたたましく言うだけで、報じられた本人たちはそんなことを思ってはいないのだろうけれど、そんな言いまわしによくさらされていた少女時代ーー学校から帰るとよくワイドショーが流れていたーー、その気持ちをことばにするための語彙が足りなかったから、ただただそのもやもやする変な気持ちを抱えて顔をゆがめてばかり浮かべていた気がする。

節目をゴールという意識でとらえてしてしまうと、その先が億劫に思えてしまうのではないかと感じる。ゴールというくらいだから、すごく力を込めているように思える。徒競走くらいしか思いつかないが、それはそれは全力だ。
ゴールテープをきってそこからふたたび走り出すのは、なんともしんどそうだ。燃え尽きるかもしれぬ。まあ、わたしがインドアだからなおのことそう思うのだけど。

いままで見てきたいくつかの限りでは「さよなら」をいうような時にも、別にゴールと形容して間違いないものなんていうのはどこにも見えなかった。
わかりやすいゴールテープが自然と現れることは、生きているうちに徒競走で見る以外はないのだろうなと、いまは思っている。

生きていくのは継続だ。節目はいわば、ゴール地点ではなく小休止ポイント……ちょっと振り返ったり足元を見たり遠くを眺めてみたりする時間を寸分与えられる眺めのいいベンチ付きの山の上の休憩所。そこはいままでになかった静けさをともなう。

そこでいままでに得てきた手持ちのカードをとりだし、組み替えるもよし書き換えるもよしだろうし、書き足すこともできる。普段の生活で考える余裕のない人でも、そういうことをゆっくり考えられる時間。
決して、華々しくやってくる場所には思えない。そこには歓声もない。

そうか、こういうことだったんだな。とひとりごちて手元を確認し、またとぼとぼ歩きはじめる。
日々は続いていく。

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