仮庵

書きとめる仮住まい

深夜にパンを焼く

たまに、深夜にパンを焼く。秋の夜長だからできることだ。これが冬であればお布団に直行だ。なぜなら寒い。

誰もいない居間から連なる台所でひとり、材料をはかり、まぜて、こねる。

掛け時計の音と、自分が手を動かす音しかしない。なんとも静かで幸福な時間である。たまにおとずれるこのようなさみしいような、ホッとするような空に浮いた時間はわたしにとって大切だ。

パンのつくりかた自体はカンタンに言うと小麦粉をこねてねかせて焼く、と単純である。しかし、世の中に溢れるパンレシピはどれもややこしく、難しい。
それだけ、皆おのれの最高のパンを焼くということに情熱を傾けているというあらわれなのだろうし、菌との戦いであるわけだから奥深い。

そんな熱意あるパンクラスタの後方5mを、たまに焼きたい程度のお気楽なニワカは料理用の温度計も、製パン器具も持たず、ボウルと材料のみを抱えてこそこそとしのび足で歩く。

特別な材料も器具も使わない。なぜなら実験段階だからである。
家にある、強力粉・薄力粉・塩・砂糖・イースト菌・水、材料は以上。道具はボウル・ゴムべら・ラップ(もしくはふきん)・素手。

我が家でパンを焼くにあたり、一番の問題は発酵に適した温度になる場所が夏〜秋に限り1箇所しかないということだ。致命的である。

低温発酵(長時間寝かせる)という方法も試したが、よくいわれる二倍の大きさにはならず。

なんどか生地をこねて焼き……を繰り返すうち、調理実習で家庭科の先生が教えてくれた電子レンジでの発酵をうすらと思い出した。

本来は「魚のさばきかた」の予定だったが生物解体ができない人間の割合が多いことを理由に予定を変更して「ピザのつくりかた」となった。

台所にたった経験のない同級生に「わたしたちは洗い物をするから(バイトでやってるし!)、あとは全部任せたぞ」と、カレーとチャーハンのみを探求していたわたしにその日の昼食の運命が託されることになったのだから、好物だからという理由で熱心に学ぶ気になれるピザで助かったともいえる。

その時に教えてもらったのが、電子レンジでのパン生地発酵であった。

魚のさばきかたはついぞ覚えずに生きているが、ーーオットが得意なのでまかせきりである。わたしは秋刀魚の内臓くらいしか抜けない。その後ブツ切りか丸焼きだーーパン生地発酵のハックを知ることができたのでそれはそれで満足している。

当時、若さもあってピザが大好きであった。宅配ピザを注文すれば高い。しかし、家にある材料で作ればお手軽に大量に食べられるということで、レシピの書かれたプリントはしばらく丁重に扱われた。なぜかどこへ行くにも携えた。
しかし、大量のピザ生成にも飽きた頃、どこかへうちやってそのまま紛失してしまった。

電子レンジでの発酵はいたってかんたん。粉気がなくなるまで生地をこね整えたあと、ボウルにラップをして200Wで20か30秒で生地もボウルもほんのりあたたかくなる程度にあたためる。

それをそのまましばらく放置。家の中で一番あたたかい場所にそっと隠す。なんとなくだが、寝かせるというくらいだから静かな場所に隠してあげたい気持ちになるのだ。

こねあがったものをそのまますぐに寝場所においても温まりにくいが、最初に温めておくとその熱がトリガーとなってくれて室温の低い我が家でも発酵がなんとか進んでくれる。

2倍がどれくらいなのかまだピンとこないので30分くらいしたら見に行き、ボウルを持ち上げ軽かったら、指をさして戻りすぎず穴が広がりすぎずというあいまいな判断基準で一次発酵完了だということにしている。
発酵が進んでいない時と、程よいと思われる時とは生地の匂いも違う。

焼いたパン食べることよりも焼く前のイースト菌が発酵した匂いのほうが好きだなあ、といつも思う。焼成中の匂いも好きだ。
パン工場や、スーパーに入っているパン屋の焼成中のよき匂いについふらふらと惹かれていってしまうが、商品として手にとったパンからはあの匂いがしない。

なぜだ!ずっとあの匂いがするなら、芳香剤として置きたいくらいなのに!とパン工場の前でこぶしを握りしめると、実母に「あれは発酵したものが加熱されているから出る匂いなのでは」といわれ、それなら残らなくても仕方がないよなあ、はかないあの香りだから恋い焦がれるのだ、ということにした。30を過ぎても全力で頭の悪い娘に母はマジレスしてくれて、いつまでも勉強になる。

生地の1次発酵が終わったらそっと押してガスを出したら、二つ折りにして丸っぽくなるよう端と端をきれいに閉じたらぬれ布巾をかけて20分程度しばらく休ませる。

そのあと再び電子レンジにかけて、あたたかい寝場所に戻し2次発酵開始となる。寝かせる時間は1次発酵のときと同じくらい。

あとはオーブンモードで予熱し、230度で30分くらい焼いてみる。焼いている間も膨らんでいくのが楽しくて、電子レンジの前を離れられない。もう膨らまないな、と冷静になったら本でも読みに行く。

まだ「コレだ!」というパンは焼けていないが、角食の耳を嫌う我が子はわたしの焼いた丸パンであれば耳なぞ気にせず食べるので、気が向いたら焼くことにした。

そうか、こうやって納得できるまで生地道を歩むのか。と得心いった次第である。
確かに、前回のやり方から少し調整して変化の具合をみるのはとても楽しい。

それでも、調理器具が増えるのはイヤなのでーー本は目の色をかえて買い込んでも、生活用品全般は少ないことを好む。というか「これ買う値段で本が◯冊買えるよなあ」という本換算をすると「まあ、買わなくてもいいか」となる。ーーわたしはこのままボウルと電子レンジのみでなんちゃって生地道を歩むと思われる。

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