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仮庵

書きとめる仮住まい

ブログに関してなんやかんやと

 50記事に達したらブログに関してまじめに考えてみようと思っていて、そこで何か書きたいことが浮かんだら書いてみる心づもりもあった。実はとっくに達しているのだけれど、ほかのことを書きたくなったのでそちらを書いた。

 ここで放っておくといよいよ「じゃあじゃあ、100記事目あたりに」と先延ばしにしかねないので、この数日は予定通りにとり組んだ。

 考えるといっても「ブログとはなんぞや……」というようなことではなく、ブログの見ためなどにいくつか手をいれることとした。

 記事を積むにしたがってこのブログに「自分の場所」という感覚がわいてきている。もとより実体のないものだから、いままでは借り物感覚があるというか愛着みたいなものが薄かったのだったが、ここ1ヶ月くらいでその気持ちが微妙な変化をはじめている。気に入りはじめたものは、カスタマイズしたくなる。

 手を入れるのにあたり、まずは自分のブログに置いていなかったものを改めて検討したり、フォントサイズや行間を変えたりした。個人的に行間はとても大事だ。

 その作業もこの記事の投稿によって終了となる予定。

 

 まったく踏まれないだろうと思っていた「About」的ページへのアクセスが結構あるので「仮庵の中の人」のプロフィールもつくってみようと検討した。

 そのページは、はてなブログのシステムから吐き出されるデータのみであって、手を加える場所が見当たらなかったから、どんな形態で書こうか迷っていた。

 しかしわたしは自己紹介がとても苦手で、白紙のエディタの前でまったくキーボードを打てなかったのだが、WorkFlowyで「好きな食べもの」を並べたてたらはかどって楽しかった。おなかは減ったが。それをそのまま共有してある。興味があればどうぞ。

workflowy.com
 ここまでは、ちょっと変えたよという告知。さて、こうやってちまちまと改修していくのは自分の居場所・寝床をつくねているような楽しさがある。

 最初からきっちり整備していたとしたら自ら作った枠とかルールにとらわれてしまって、イヤになっていたかもしれない。

 「仮庵」は仮住まい……別に興味がうつったらすぐにたたんで旅立てる掘っ建て小屋かテントのイメージでいたのだけれど、いまは屋号という感覚になりつつある。個人的な不便さは多少あるが住み心地はよい。

 はじめた当初には比べると、この自分の場所として変化するブログへの心象がたのしい。ヌメ革をつかいこむ、みたいな感覚に近い。

 便利情報とか最新情報はまず書かれない、わたしのすなおな考えごとばかりを書いたブログだからとても地味だ。多くは読まれないだろうし、多く読まれることもとくに望んでいない。もしかしたら「ブログ」にあるまじき姿勢かもしれない。

 けれど自分の場所に「ブログ」を選んだ。ブログというものが理屈抜きに惹かれるものであり、好きであり、興味があったのだ。ずっと定期的にやってくる「書いてみたい欲」とたたかってきた。はじめるには勇気が必要だったが、やっぱり書きはじめてよかったと思っている。

 書くことによって自分と切り離された、自分の考えていることをながめるようになったら、ひとりでくよくよ悩んだり考えこんだりすることが減ったのだった。そう思っているならこれからはこうしようとか、建設的に・冷静に自分をみられるようになった。

 もっと根っこのきもちは、純粋に「書いているのがたのしいだけ」だったりもするけれど。

 

 個人的に、好きで読むブログには傾向がある。

 「わたしと似たようなことを考えてる人っているんだなあ。そうかこの人はこういう考え方の展開をするのか。この考え方はわたしのひねくれた考え方よりずっとすてきだな」とか「こういう考え方があるのか! すごく面白い!」と思えるようなものだ。やはり、考えごと的なブログだ。

 だからーー自分の記事がそう思われるかは別だがーーブログに考えごとを書いていきたくなったのは摂取してきたモデルがそうであったからであり、尊敬していたからであり、好んでいるという点で自然な流れだろう。

 ここは一般的にイメージされるような「ブログ」とはなにか違うし、常に日常と書きあがったものの間にはかなりタイムラグがあるから(遅筆)「日記」でもない、なんとも形容しがたい場所なのだけれど、背伸びもせず無理もせず淡々と気になることや考えたことを書きつづけていたら、「自分の居場所」として居心地がよくなりつつある。というそんなお話。

 思ったよりも長くなった。ふだんはスマホでブログを書いているけれど、今回はブログの調整をしながらパソコンで書いたらキーボードはやっぱり便利で、とても長くなってしまった。これで投稿と相成る。

 

 そういえば、いまでも「投稿」ボタンを押すときは「えいや!」と押さないといけなかったりする。投じて数十分もたてば書いたことも忘れはじめるが、押すときはやっぱり緊張する。やはり、これを投じるときも緊張するだろう。

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