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仮庵

書きとめる仮住まい

WorkFlowy 小篇

WorkFlowyをウェブサービスとして見たときに思った小さい話を一つ。

 

理想は無言語化

「理想は無言語化」の実現。これがわたしのWorkFlowyの印象です。

ウェブサイト、類するウェブ上の業務管理システム(予約サイトや、CMSなどの表側裏側)を構築するときの話ですが、わたしの属したチームで「理想は無言語化」という話をしていたことがあります。

要するに、ぱっと見で使い始められるというのが理想です。説明されずとも、なにができるのかすぐに判断がつくということ。
何者であるかを、文字ではなく画面が語ってくれるような、学習コストが低くく、母国語が違えども誰もが使えるものが理想です。

まあ、こんなことはスッカリ忘れていたのですが、WorkFlowyを使ったり、話題を追っているとなにかうずくものがあり、思い出したのが「理想は無言語化」という言葉でした。


「理想は無言語化」を実現できる理由は、アウトライナーという特性上、業務管理システムのような複雑な操作を必要としないという理由もあります。

しかし、WorkFlowyをはじめて開いたときに見た、リストのマーカーと「Make lists, not war.」という末尾の一文には漢気(?)を感じました。それしか言わないのか!と。

リスト作ってね、じゃーねー。みたら、わかるよね? と語ってくる画面はなかなか挑戦的。

説明がなさすぎ。と思うこともあるかもしれませんが、わたしがはじめて操作したときに特に説明されずとも困ることはなく、むしろ「ああ、こうするとこうなるのか」という発見が楽しかった記憶があります。
操作の学習自体は、他のツールと大きく異なることもなくすんなり受け入れられました。

 

美しく思うことなど

ここで、ページに説明が少ないことによるメリットを考えてみると、ここは書く場所である。という定義をしたとき自分の書いたもの以外の情報が目に入らないということは、集中できる。ただ、ひたすらに書いていけるということ。

アウトライナーがそういう性質であると定義された結果なのか、ツールとしての情報は必要最低限、ランディングページすらなし。

新規ファイルを作成することもなく、1ユーザーにつき1ページが与えられるのみ。保存はアクションせずとも非同期で行われる。Ajaxが当たり前になったからできる設計。

頭の中にあるものをひたすら書きだすということに注目した結果、至極シンプルに構築されたのかしらと想うと(『設定』すらポップアップ)、わたしは両手をあげて走り出したい気持ちになります。美学なのか思想なのかわかりませんが、貫かれてる感じがたまらないのです。訪れたなら、ただ書くのみと。

 

可能性

Webページであることによる余白は、ソフトウエアだった場合には実現するにたやすくないユーザ独自拡張の可能性を与えます。現にいろいろと自分の使いやすいようにカスタマイズされている方もおられますね。

面白いのは、「WorkFlowy自体ができること」は少ないのです。単純であるということは、想像力をかきたてるということでもあるでしょう。使う人間が考えた工夫一つで、とてつもない可能性がうまれる。どこまでも楽しめちゃう。作り、試し、得た情報も共有したくなる。機能自体は増えていないのに、どんどん面白くなってくる。すごく「インターネット的」なサービスです。

これが支持されはじめた理由の一つだと考えています。

 そして、単純であるがよくよく考えられていると思うこのカタチは今後基準になりえるのではないかと感じるのでした。

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