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仮庵

書きとめる仮住まい

書きとめようのないもの。けれど。

雑記

 運転中、時計を見ると正午前であった。なにかを忘れている気がして、ぐっと力を入れて思い出す努力をしてみる。


 土曜日の午前授業の日に、正午から聴きたいラジオがあっていつも走って帰っていたときのぬるい空気。
 曇りの日の正午前は、なんともいえない重苦しさと空腹感。
 客先に資料をとりにひとり出かけた、あたたかな色を含みはじめた晩冬の空。


 うすらぼんやり思い出せる、断片と断片。どれにも共通して、胸から腹の底にじんわり広がるワクワクに似た特別な感情があった。はずだ。


 忘れていないしなんとか思い出せるのだけど、なぜかもう感じられない。

 

 時計は正午前を表示しているのに、それらの空気に感じていた匂いも感情も、頑張れば胸半分までこみ上げてくるのだが発露しきらないのだ。


 どこに置いてきてしまったのだろう? と記憶をたどってみたら、どうやら産院に置いてきたらしい。


 子どもを抱いて外に出た時も正午前だったが、あの日わたしにあの正午前の感情はなかったのだった。


 すべて子どもの頃に抱いていた感情だったからなにかの通行手形の代わりとして置いてきたのかもしれない。


 あの感情は正確にことばで書き留められないし、書き留めたところで再現性がない。


 けれど事実忘れていたように、たとえ書いたところで再現性のないこのようなことでも書かなければもう二度と思い出さないようなことはたくさんあるのではないだろうか。

 

 そんなことを思って、他愛もないことを書こうと試みた。

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