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仮庵

書きとめる仮住まい

中断したノートをいとおしくつかう

ノートという物体そのものが大好きで、記念日等のプレゼントが発生するイベントがあれば、「ノートか図書カードがよいです」と、まいど事前に言っておく程度にはノートが好きです。

しかしノートはあれど、いざあいたいするとなにを書こうか迷って積みノートになったり、なにかに影響されて書き出しても数ページで終わること多々。打ちこまねばならない勉強でもあれば嫌でも書き続けられるのでしょうが、使いたいのに納得して使えないジレンマを抱えております。

そこから使い道をもとめ、かわいい書き方などをマネして、つづけられたら楽しかろうな……と、ネット上に公開された現在進行形で使われているキラキラしたノートたちを指をくわえながら見ているのですが、いざ自分も書いてみると、どうにも自分らしくない。

わたしの文脈には、ハートや星やかわいいモチーフは存在しないのだという事実をまざまざとつきつけられ、かわいくて好き!みたいなものと自分は一致しない、乙女心のジレンマも併発しております。


さて、数日前のことです。
「これはメモしなければ! これを残す場所は、デジタルではなくアナログだ!」と感じたことばをメモするために、途中まで使って放りだされていたノートをとりだし書きこみました。手元にとっておきたいという感覚でした。

メモをしてホッとしたあと、それまでに書かれていたものをパラパラ読み返してみると、面白い。1年前、我が子は字が読めなかったのだと驚いたり、今と変わらない行動をしている我が子の様子を読んで笑ったりしたのち、ふたたびこのノートを稼働させてみようと思いました。

さて。いく度も中断され一生を全うしきれずにいるこのノートに、書き尽くされ本棚で隠居するという平穏なノート生をなんとか味わわせてあげる策はないだろうか。

……そんな大それた言いかたは冗談ですが、中断あるいは挫折のループから抜け出してみたいものです。

ノートにまつわるいろいろなデータを眺めたところ、とある雑誌に「こころがふくらんだものを書く」とありました。

こころがふくらむ。というのは、方向としてはポジティブなものであるととらえてよいでしょう。

なるほどよくよく考えてみると、いままで綴っていたものが続かなかったのは、なにもふくらんでいなかったのだ。

記録に感情を載せるのがとても苦手なので、以前はひたすら機械のようにログログしいものを書いてきたけれど、それはあまり楽しくなかったのだ。と気づきました。(見返すと面白い部分はいくつかあるのですけどね)

ログをとりたいのならば、ログが得意なデジタルに任せるとして、アナログにはひたすら自分が好きなことを埋めよう。
すると、好きなことであふれたがゆえに、愛着も湧いてくる。愛着も湧けば、書かずにはおれない。はず。

思いついたのはそんな算段です。でもやっぱり感情は控えめに。

ノートにノートの使い方の考察や、アナログとデジタルのメリットデメリットを書いたり、記録のつけ方を検討したりと、なんともメタ的?なことばかりを書いていたり、あとは生活の中のささいな出来事や、気に入ったことばをかんたんに書いていますが、以前よりはずっといとおしさと楽しさを感じております。
楽しいと継続はともにあるのですね。
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