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仮庵

書きとめる仮住まい

信頼

「あたまがいたいから、やすみたい」
「ほう。ならば病院行くか」
「いたいのなくなった」
「ウソか」
「ウソだった。へへへ……」
「あのさ、母ちゃんはあんたの言ってることは全部本当だと思っているからね」
「そうなの?」
「そらあそうださ。信頼してるもん」
「しんらいしてるの?」
「信頼してる。現時点において信頼しないという理由がない。だからあんたが母ちゃんに対してウソつくとは思ってない。だから言ってることは全面的に信頼してる。全部本当だと思ってる」
「うん」
「ただなあ、もう少し大きくなるとさ、親にウソつきたくなるときも出てくるからさ、むずかしい話ではあるわ。いろいろあるのよ」
「ウソつかないもん」
「ほお。そうか」
「だって、かあちゃんのことすきだもん」
「そっか。ありがと」


「そっかーしんらいしてるのかー」

遠い

人とは話せるが、気の利いたことは言えず、なんともなしにできる「間」が苦手で口数も減る。

わざわざつくる他愛もない話もいよいよいらないのでは? と思い、必要なこと以外は言わない。
もちろん、わざわざ作らなくても他愛のない話でずっと続けられる人も、多くはないがいる。ウマが合うというのはそういう人なのだろう。

最近は、わたしと人のあいだに遠さがあるのがよく見える。
実値50cmくらいの距離のなかに、途方も無いなにかの距離があるのだ。

いつの間にかそれを「寂しい」とは思わなくなった。

3月のハイライト

‪「チームとは、みんなでそれぞれに得意なこと・苦手なことをおぎないながら仕事をするために作るんだ。(いや、うん、ただの理想かもしれないが……ええい!)
ひとりでがんばらなくていいんだ。自分ががんばらなきゃダメだって思わなくていいんだぞ。みんなで分担してやるんだから。え? ◯◯がやらないから? んなもん、気にしないで自分のやることだけやればいいっしょ。誰それのぶんまでやろうと思わなくていい。そこまで責任感に追われたらあぶないぞ。そこまで追い込まれてるなら休め」

と、テーブルの下でヘッドホンしてiPodで音楽を聴きながら引きこもっている幼児に言うなど。

納期を乗りこえたあと、半月ちょっと気管支炎となり、薬を飲ませるのがたいへんであった。
ゼリー状オブラートをスプーンに乗せる加減がむずかしかったが、3月中にマスターしました。

(何語だったとしても)文字になっている食べ物は最高。

調べ物をしていて、Webページなり参考文献が英語だったりすると「ウッ! さ、さようなら……」となるのがいよいよつまらないので、英語を0から学びはじめて2カ月。

0なのはなぜか。中高での記憶は霧散したからだ。でも、高校国語と歴史だけは受けた記憶はあるよ。楽しかったよ。

わたしは、文字情報はそれなりには理解できるが(ものによってマッピングがうまくいかないときもある。そんなときは分解して並べなおす)人から口で説明されることは、その人の言語を聴くための(自分でもよくわからないけど頭の中の)調整をしなければ(いまも)理解しにくく、最終的に学生の頃は聞いても耳に入ってこないか、理解できなくてそわそわするか、パンクして妄想の世界に逃げるか、板書を頼りにしていた。

高校の頃はどのくらいの期間勉強すれば、及第点になるか? という実験とゲームをしていたので成績はあがったがその場しのぎだったのですべて忘れてしまった。

ひとの言っていることを上から順番に追っていると頭が容量オーバーになるので、赤くなっている気がするところだけ抽出して要約し(にこやかに)説明した上で確認と結論あるいは代替案を出せばなんとかなる(むしろ信用してもらえる)ことは社会人になって取得したワザだが、今でもたまに「ほんとうに間違ってないかしら?」とそわそわすることはある。

いまならそれがわかるが、子どもの頃はまったくわからなかったから、先生の話のわからない勉強のできないダメな子だと思っていた。
授業に向いてなかったんだな、と今になって気がついてからは、たぶんただのダメな子っていうわけでもなかったんだな、と自信が回復しつつある。

独学は険しい道だな、と思いつつも楽しくやっている。辞書を開いて「文字がいっぱい。ステキ」と、ときめくことができるようになったので、やっと軌道に乗った気がする。

焦って先に進んでもよいことがないのは経験上知っているので、ひたすら基本を上塗り上塗りして同じところをぐるぐる回っている。ぐるぐるしているが、見落としていたり前に理解できなかったことが「こういうことか!」と気がつくのが楽しい。


机に向かえない時間は、Simple English Wikipedia で食べ物の記事ばかりを読んでいる。
Cooking や bread の記事をぐるぐるしている。同じ記事なのに何度読んでも「ふおお!パン!!ふこふこか?かたいのか?焼ける匂いがする気がする……」と思っている。わたしは幸せ者である。

日本語だろうと、英語だろうと、文字になっている食べ物は想像することはなんともしあわせだ。
英語だと、いまだ食べたことのない味のパンかもしれない!などと妄想ばかりしている。
食べ物の歴史の本が読みたい。

仮庵の、ちっさい気になること。

  • なにかひとつのこと(例えば趣味の1つなど)に取り組んでいると、他のこと(他の趣味など)がまったく手つかずになるのだけど、他の人はどうなんだろう。

と、たまに思います。
それがいいかわるいか、ということではなく
わたしのささいな気になることです。

わたしの趣味は、編み物と読書とその時気になってしかたがないことを勉強することなのですが、年間その3つがぐるぐるまわっております。